親会社から転籍となった営業部長は自身の営業能力に絶対的な自信を持っていた。
その自信は彼が泥水をすすりながらも必死でもがき、結果として成功を繰り返してきた結果から溢れ出るものだった。
故に、これまで積み重ねてきた自らのやり方が唯一正しいものであり、それ以外は全て間違っているという固定観念を生み、
これまでその考えに疑問を抱くことなど一度としてありはしなかった。
50歳を過ぎた彼は、もはや酷く盲目的であり、底抜けに利己的であった。
営業部員は困惑した。本来味方であり助けてくれるはずの「上司」という存在が、あまりに煩わしく、彼らにとっては弊害となってしまっていた。
彼の自信や主張や方針は、部員の誰にも届くことはなかった。
それだけではなく、彼が絶対的な自信を持つ営業方針は、部員がこれまで行ってきた方針とは異なることで、徹底的に否定と是正を繰り返した。
この行動に業を煮やした営業部員は団結し営業部長排斥運動を敢行。それでもなお彼は自身を曲げること無く抗い続けた。
しかしマジョリティという大波をたった一人の人間が止められるはずもなく、彼は降格を余儀なくされた。
どれほど屈辱と絶望を味わっただろう。それは彼自身にしかわからない。
ただ、これまで経験したことのない大きな傷を負ったことは、その後の風の噂を聞く限り確かなようだった。
人間の性格はそう簡単に変わるものではない。彼はその後も孤独に苛まれながらも今までのやり方を貫いた。それしかやり方を知らないのだ。
時代が変わったことに気付いても時代に合わせることが出来ない人間は、必然的に時代に弾き出される。
彼が培ってきた全てのものを、世界はどこまでも否定し続けた。
いずれ誰かが彼に突きつけるだろう。あなたの時代は既に終わっているのだと。

そもそも彼の絶対的な自信は、彼の内面的な弱さの裏返しであると言える。
彼はきっと、元々精神的に脆い人間だったのだろう。
だからこそ彼は地を這うような努力をし、より強固な鎧を身に纏った。もっともっと強くなるために。誰にも文句を言わせないために。
自らの弱さの反動は、恐らく自身の予想以上に頑強な鎧を作り出した。
気付いた時には、彼は独裁的、排他的という意味でファシストに成り果てていた。しかしこのファシズムに付き従う人間は誰もおらず、
その強肩を振りかざしたところで、怯む人間は少なく、ましてや尊敬する人間は皆無であった。
遠い過去に置いてきたはずの内面的な弱さが、ここに来て顔を出した。それは本人も自覚していないかもしれない。

今の彼を突き動かしているのは過去の栄光と、もはや廃り果てた絶対的な自信。
満身創痍と言っても差し支えないほどに彼の自我は疲弊しきっている。
もう少しで彼を手のひらの上で踊らせることが出来るだろう。
彼が今最も望んでいるのは、部下からの信頼と尊敬なのだから。
相手が精神的に無防備になっているところで説得するべきだと主張したファシストは悪魔的な天才に違いない。
出来ることならお近づきになりたくはない相手ではあるが、どうしても近づかなければならない状況であるのならば、
懐柔してみせよう。あの弱りきった狂犬を。

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